大典太光世と数珠丸恒次

大典太光世:平安時代の後半、筑後国【福岡県南西部)の刀匠・三池光世の作。重厚でダイナミックな姿をしている。足利将軍家に伝わった大典太光世だが、13代将軍・義輝暗殺ののち、豊臣秀吉、前田利家の手に渡ったとされる。以来前田家伝来の文化遺産を管理する公益財団法人前田育徳会により保管されている国宝である。この日本刀が秀吉から前田利家に贈られた経維については、不思議な言い伝えがある。利家の娘が正体不明な病に冒された。利家がこの日本刀を借りて枕元に置いたところ病は良くなった。ところが秀吉に太刀を返すと病が再発する。借りては返し借りては返しを繰り返していたが、秀吉がこの太刀を前田家に贈ると姫の病気も完治したという。他にも利家の他の姫の病気治癒に使われたとか、前田利常の長女の病気治療に使われたなど諸説あり、病魔を祓う太刀として、あがめられていたといわれる。

数珠丸恒次:平安時代に活躍した備中国(岡山県西部)の刀衝・青江恒次の太刀。日蓮宗の開祖・日蓮が、信者より、護身用として寄贈された。身延山を開山する際、「破邪顕正の剣」として、柄に数珠を巻いた事から、「数珠丸」の名がついたとされる。日蓮亡きあと身延山久遠寺に保管されていたが享保年間(1716~1736)に行方不明となる。その後大正九年(1920)兵庫県のある刀剣鑑定家が発見し、数珠丸を久遠寺返したい意向を伝えたが久遠寺は受け取りを拒否する。現在は重要文化財に指定され、兵庫県尼崎市の本興寺が所蔵している。

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