日本刀のルーツについて

日本刀のルーツについて一度考えてみましょう。

平安時代末期に、食料・衣服のほかに馬一疋、家具に金輪一個、武具として弓二張、胡籙二腰が含まれ、鉄製品としては金輪とある五徳、武具としては弓を備えていたこととされていますが、鎌倉末期から南北朝初期にかけておよそ百五十年ぐらい後のことですが、生活の道具の種類が増えているのではないかと考えられます。

また、およそ700年前には各百姓の家に武器である太刀・刀・腰刀を三~四振り備えていたと言われています。ある百姓の家では、弓矢のほかに鑓(やり)を持っていたそうです。

鑓は南北朝時代から流通したといわれますが、すでに下層農民が用いているというのは、かなり流通が行きわたっていたのではないでしょうか。

中世の物語によく登場する太刀には、「丸」がつけられて呼ばれるものが多く存在しているのではないでしょうか。例えば、小烏丸・鶴丸・鬼丸・笹丸・鴬丸・注連丸・膝丸・吠丸などがそれです。小烏丸は桓武天皇に天から授けられた太刀と言われており、鶴丸は宮内庁侍従職が管理しておりますが、江戸時代は京都伏見の藤森神社の神事に用いられていたとされています。鬼丸は北条時頼の守り刀、後に足利尊氏の所有となったと言われています。笹丸は足利尊氏の侃刀(はいとう)とされています。

このように、刀剣に「丸」を付けるのは、神性を具えている呼び名だと考えられます。

ところで、日本刀における名刀とはいったい何なのでしょうか。

例えば現在も東京国立博物館に収蔵されている「童子切」という太刀や、鎌倉時代に作られたとされている「長光の薙刀」、「手掻包永太刀」などは日本刀における名刀と考えてもよいのではないでしょうか。